現在、3階にある当院はエレベーターを降りると、正面に身長計がデンと置いてあるのが分かります。
それに「体温を検温していただき事前問診を記入し、お掛けになってお待ちください。係りの者が参ります。」と書かれた紙を掲げています。体温が37.5度以上や咳のある方は申し訳ないのですが、ガラス戸の中には入れません。皆様の安全を守るためにこういうゲートを設けて診察を続けています。幸いながら、この障害物や手順にクレームを出す方はいらっしゃらないです。皆一人一人消毒された体温計で測って、問診票を書いてからスタッフが対応するのを待っていてくれます。その様子を、診察が無い時に見ていた私はふと宮沢賢治の「注文の多い料理店」を思い出しました。19２4年に出版されていますのでかれこれ100年前の童話です。
あらすじは、二人の男が山に狩猟にやって来て道に迷ってしまい、途方に暮れていた時に一軒家を見つけます。「西洋料理店 山猫軒」と記された店に入ってみると、「当店は注文の多い料理店ですからどうぞそこはご承知ください」と注意書きがあり、次の扉には「髪をとかして、履物の泥を落とすこと」とあるのです。扉を開けるたびに注意書きがあり二人の男は不思議に思うのです。最後の注意書きに「いろいろ注文が多くてうるさかったでしょう。お気の毒でした。どうか、体中に壷の中の塩をたくさんよくも見込んでください」とあるのです。そこで、この店は来た客に料理を食べさせるのではなく、来た客を料理して食べるのだと気づいて逃げ出すのです。
このあらすじを読んで、「クリニックに行くとやばい。」と思ったかもしれません。大丈夫です。当院は皆様を取って食おうなんて思っておりません。多少の料理はさせていただくかもしれませんが(笑)
先程の「注文の多い料理店」のように真逆な勘違いは極端にしても、我々は総じて先入観や勝手な思い込みをすることがしばしばあります。それも自分の都合の良いように解釈してしまい、相手が意図することを理解できていなかったりするのです。今回の新型コロナウイルス感染症は3月位には終息するのではと多くの人が楽観視していたかと思います。あと、若者は感染しないとか、感染しても死なないとかです。そのため、なんとなく外出をしたり、手洗いやマスクなどの予防をいい加減にしていた方が多かったようです。しかし日を追うごとにその思い込みは打ち破られました。特に「有名人は感染しない。したとしても必ず奇跡的に回復する。」という迷信は志村けんさんのあっけない終わり方でものの見事に破壊されました。どんな政治家が「新型コロナウイルスは危ない。」と注意喚起しようともこの志村さんのニュースの衝撃度と影響力とは比べ物にならないでしょう。
皆生き延びたいと思っているはずです。この先も健康で人生を謳歌したい、新型コロナの問題が終わったらあれもこれもと思っていると思います。だからこそ、政府が何を言っているのか、国民にどうして欲しいと思っているのかを考えて欲しいと思います。
発令の言葉は端的でシンボルみたいなものです。けれどもその短い言葉にたどり着くまでにどういう人がどんなことを考えてどういう風に決定したかをもっと考察して欲しいなと思います。マスク2枚とか、条件付きの30万円の保証、や一律10万円の保証の話あがって、様々な批判がありますが、否定するのは簡単です。気に入らなければただ「良くない。」と一言言えば済むからです。でも自身の考えを推し進めたいのであれば、しっかりと相手がどう思っているのかを理解して対峙するべきだと思います。反対意見を持っている相手と話をして物事の本質を探る事は、自身の安全のためと思わぬ解決法が見つかったりもすることもあるのでとても大切な事だと思います。
当院も患者さんを守るために、あれこれとさらに注文を加えるかもしれません。でもそれは最終的に患者さん自身を守ることになるのだとご理解いただけたらと思います。
