今日はかなり強い雨が降っています。
クリニックに出勤の時にちょうど横殴りの雨が吹き付けて来たので足元はびしょ濡れでした。平時ならあまりいい気はしないのですが、新型コロナウイルスが空中を彷徨っているのではと想像してしまう今は「雨で洗い流してくれればいいな。」とこの天候を歓迎しています。ウィルスは通常湿気と高温に弱く、乾燥している冬場に流行します。もし同じような気質のウィルスならば梅雨の時期にかなりのダメージを受けるはずなので期待したいところです。
しかし、昨年の9月に沖縄からインフルエンザの流行が始まりました。ここ数年は海外の方が多く日本に来られるせいなのか、春にも夏にもインフルエンザが見られたりします。だから油断はできません。あと、少し気になるのは昨年の10月頃に高熱の患者さんが何人か来院されましてインフルエンザや溶連菌の検査をしましたが陰性でした。毎週勤務に行っている千葉の総合病院の看護師さんにそのことを話したら
「うちも何件かそういう高熱の患者さんで検査はマイナスの人がいて、今年は不思議ですねとか言ってたんです。」
と話していました。不気味ではありますが、その時既に新型コロナウイルスが上陸していたのではとも思っています。まだ気温が低くなっていない頃にも広まっていたとすると困りますね。
現在新型コロナウイルスが終息するのを心待ちにしていますが、不安なのはこれに追い打ちをかけて大地震が起きることです。25年前に阪神淡路大震災に遭った私としてはただの恐れではありません。確率的に迫っている危険に対していつでも対峙出来るように心の準備をしておかなければと思っています。今クリニックには患者さんが減っておそらく数か月は赤字でしょう。周囲のお店も営業時間が限られて苦しいはずです。でも、まだ立て直すには可能性として楽な方ですが、もし地震で建物が崩壊して通信や物流が途絶えたらどうでしょうか。
25年前、明け方5時46分に突然突き上げられるような地面の動きと不気味な地響きで一瞬にして周りの世界は変わりました。歩いてすぐの高速道路はVの字に折れて落下してその下にあったトラックはぺっちゃんこになっていました。道路に放置されているバンを見ると、鉛筆で走り書きされた用半紙がセロテープでようやく止めて合って「死体搬送車」と記されていました。車の中にはくるくると巻かれたブルーシートが幾つも重なっていました。気持ち悪い話で申し訳ないのですが、実際に身近で起きたことです。周期的に起こると分かっている地震には悲劇を最小限に留める為にも準備しておくに越したことはありません。もしそうなったら移動する電車も出歩く街も、運が悪ければ住む家もなくなるのです。今あるもので感謝して日々を過ごし明日へ繋げましょう。
1年前は、オリンピックでの何十年に一度の好景気を期待していました。オリンピック後には多少景気は落ち込むにしろ盛り上がった時に稼いでおこうと投資までした方も多かったと思います。今や空前の不況へ向かって堕ちている感があります。が、日経平均株価は上がったりしているのです。これは何なのでしょう。全体的に見れば悲壮感がありますが、投資家としては良い材料なのでしょうか?私には分かりません。にわか投資家が株が安くなっているので参与して短期売買をして上がったり下がったりしているのでしょうか。
歴史的には、海外から日本が侵略されるような有事があった時期は必ずと言っていいほどに天災が起きると分析している方もいます。有名な元寇の乱では神風とも思える台風が邪魔をしました。実は太平洋戦争中も政府がひた隠しにしていましたが大きな地震がありました。日本をどうにかしようとすると、その度に不思議なタイミングで天災が生じて、歴史的には国が守られて存続しているのです。私独自の考えですが、数か月前までの海外からの観光客が押し寄せていた状況を見ていて「日本という国は100年後には存在していないかもしれない。少なくとも日本人という民族や文化はほとんど壊滅状態に追いやられているな。」と思っていました。けれども今回の事態で、皆が自国を見直すいい機会で愛国心が湧いてきて日本の寿命がかえって延びるのではと思いました。1000年後の歴史書に「令和の大飢饉」として世界的規模の危機的な状況から何とか平和的に立ち直り翌年に奇跡的に各国を迎え入れてオリンピックを開催した、と記述されたいものです。我々はその時にはもうここにはいませんが、脈々と祖先が引き継いできたように次世代にきちんと文化が伝わるようにもうひと踏ん張りしましょう。